緊急出願の留意点

とにかく時間がない!! このような状況では、「とにかく出願の既成事実をつくって、出願日を確保しよう」と考えてしまうかもしれません。

しかし、単に出願事実さえあればよい、というわけではありません。準備の時間がないからといって、不用意な内容の出願をすることは将来に禍根を残すことにもなりかねません。特に望ましくない事例としては・・・

・何よりも、方式事項(書誌事項)を間違えると治癒不可能になる場合があります。どんなに時間的に切迫されているとしても、方式事項の誤りは許されません。これを単なる精神論の問題で片付けると、いつまで経っても良くなりません。

・技術を不必要に開示し過ぎてしまったため、将来の出願における先行技術になってしまう。

・上位概念、中位概念を考慮せずに中途半端に技術を開示したため、取得できる権利の幅が著しく狭くなってしまう。

・実験結果については「書けば書くほど良い」という訳ではないので、注意しないと、特許性の主張にとってむしろ邪魔になるデータまで誤って記載してしまうおそれがある。こういった「積極的なミス」は後の手続きでは治癒困難である。

・特許のプラクティスとして求められている開示要件を満たさず、技術のエッセンスのみを開示したため、権利は取れずに、他社へのヒントを提供するだけになってしまう。

といったことがあり得ます。

もともと、特許出願実務は、「開示の広さ」と「権利の広さ」、「請求項の範囲」と「特許性の主張のしやすさ」などといったバランスを考慮して進められるものです。このことは、ある意味では、万人にとっての「最良の明細書」というものが必ずしも存在するわけではなく、種々の相矛盾する要求事項のバランスを整えるという作業が必要になると言い得ることもできます。

緊急出願において困難であるのは、こういった開示事項のバランス調整という作業において、「作業時間」というファクターの比重が著しく増すことです。短い作業時間の中で、「技術開示の程度」、「権利の目標」、「将来の補正の根拠を残す」、「真に必要な実験データの峻別」といったことを優先順位をつけて行う必要があります。

緊急の外国出願・優先権主張出願

パリ条約の優先権を利用する場合であっても、国内優先権を使用する出願であっても、優先権主張時(つまり出願時)のミスは取り返しが付かないことが多いので、慎重の上に慎重に取り扱わなければなりません

第1に、優先権の基礎となる出願の特定を確実にしなければなりません。特に、複数の出願を基礎とする場合に間違いが生じる可能性があります。これは、特許実務に慣れた人でも勘違いする場合があるので特に注意したいところです。

また、優先権を主張できる技術事項とそうでない事項を峻別しておくべきです。どのような場合であっても、出願の後にクレームを補正する機会は最低1回はあるのが普通です。クレームの内容については後の段階で調整すればよい、という考え方もあり、それは間違いではありません。

しかし、特許出願中に優先権の有効性が大して問題にならずに、特許後の無効審判等で優先権の有効性が争点になるケースがあります。こういった場合には、特許出願の時に優先権を間違いなく主張できるクレームを意識して作成しておかないと、特許後に生じた問題に対して有効な対策がとりにくくなるおそれがあります(特に外国)。

優先順位を考える

残された時間で何を行うべきかというのは、非常に困難な問題です。単に「それらしい」書面を作成するだけならば比較的容易にできるかもしれません。しかし、「特許出願をしたために却って不利益になった」ということを確実に回避して、技術の開示に見合った効果を得られるようにするためには、特許実務慣行(プラクティス)および特許制度の理論の両面を熟知していなければなりません。


プロフィール
神奈川県立湘南高校から東京大学理学部化学科を経て東京大学大学院理学系化学専攻を修了。
4年間、セラミック電子部品メーカーにて材料開発部門にて技術開発部門に従事した後、弁理士登録(平成13年)を経て特許事務所に勤務。その後、栗原特許事務所を設立。

得意分野
化学分野については大学での専攻・企業での開発経験による技術的バックグラウンドがあります。化学分野、素形材の分野の特許実務についても、特許事務所のアソシエイトの経験から必ず押さえるポイント、技術者のかたが見落としがちなポイントは熟知しています。インターフェアレンス、韓国やEPの異議申立、審判事件などの経験もあるので、各国の実務については「次に何が起こるか」を見越したうえでアドバイスをご提示できます。